再び問われる俳句の役割

<岩下四十雀氏の現代俳句協会賞に寄せて>       

戦争と天災とは異質なものである。一九九一年一月十七日に湾岸戦争がはじまり、三年後の一月十七日にアメリカの、ロサンゼルス郊外を大きな地震が襲い、それのさらに一年後の一月十七日に阪神大震災が起きる。

のっけから、符号を再確認しているわけではないが、今年は戦後五十年の節目ということで、表現者たちの記憶上の責任が重い。 太平洋戦争には一致団結して、“打ちてし止まん”の気概がこもり敗戦の焦土には、青空がこんこんと広がっていた。

しかし今は、バブルの崩壊、いじめ問題、阪神大震災、オウム真理教事件という現実の大事件がつづき、はたして人々は幻想を持ち得るものだろうか。こうした中で震災やサリンの強烈さに、文学は拮抗しうるかという問いかけが相次いでいる。

群像新人文学賞の選評で、文芸評論家の柄谷行人氏は、「地震や、オウム事件のあとでは、昨年書かれたものの多くは空疎にみえるだろう」と書き、三島由紀夫賞の選考で石原慎太郎氏は、「平板安穏な生きざまに題材をとったようなものが多く、退屈かつ冗漫」と候補作をきりすてた。

このあいだ富山へ来ていた宮本輝氏は、大地震の経験を踏まえたうえで候補作をよんでみると「どれもこれもがミネラルウォーター、一本の価値もなく呆れるばかり」と痛烈に批判する。実際これらの事件の衝撃は大きく、議論が沸騰して文芸誌では特集がいまだに組まれているほどだ。

地震やサリンも怖いが、すこしヒステリー状態になっている文学者達のことばの誘導によって、ひきおこされる文芸社会全体のヒステリーはそれ以上にこわいともいえるのではないか。大惨事や、破局という現実に対して、文学の表現がどれほどの効力を持ちうるかといった問題は、はるか昔から何度も議論されていることである。

十九世紀ロシアでは「ハムレット」と一足の長靴とどちらが役にたつか。最近では「アウシュヴイッツの後で詩を書くことは野蛮である」というユダヤ人哲学者アドルノの警句を引用している。または「飢えたる子供たちに対して文学は有効か」といった問いかけなどである。

ではどのような表現が必要か。私にはわからない。ただこうした大状況の中では、足元をみすえた日常のテーマも又、いかに貴重なものであるかということを、ひしひしと感じるのである。平凡こそ非凡というではないか。日常はそれほど脆弱なものではない。見解は左右に揺れながら、いろいろな方法がいまなお試みられているがこれからも、ことばの青い鳥を探して議論はつづくだろう。

民俗学者の柳田國男(一八七五−一九六二)は昭和二十年の敗戦の直後に「五十年ぐらいのあいだを置いてみないと、今度の戦争の原因はわからない。ただひとつの原因でこの状態が出来たとは思わない」という趣旨のことを述べている。 敗戦から五十年めの日本社会が、なにをしているかという柳田の問いの後世からの回答は、だれもが知っているように表現者たちはけっして不在ではなかったということだ。

大切な記憶を残すという自覚に立って、すくなからぬ湾岸俳句を産み落としている。詩や俳句は、必ずしも時代をうたわなければ、ならないというものではない。しかし、深々と時代に根ざしていなければならないものである。

災害の衝撃に世論がしめす揺らぎが、文学賞選考の評価のずれにつながったとも言えるだろうが、一方の俳壇ではどうであろうか。大四十六回(平成七年度下半期)現代俳句協会賞を、わが「季節」誌の猛烈編集長、岩下四十雀氏が受賞された。

句集「長考」が評価の対象になっているとすれば、むべなるかなと言わざるをえない。戦後五十年の変容のエネルギーを、体の中にため込んで、まだまだ男くさい華を撒き散らす。句集一巻を読み終えて感じたことは、切実であること、感動的であることを拒否しているということだ。その拒否のうしろにある「実」が読む者を動かすのではあるまいか。








   少年よ癇癪玉をひとつおくれ            四十雀

雪消えてあちゃらこちゃらに共和国    〃 

 鮟鱇を捕りにゆきしが溺れけり    〃 

  かぶら蒸し忘れてはるか人の肌    〃 

  イオー島から遠泳で還ってこい    〃 

深刻な事態がつづき、時代のあやうさを目一杯、露呈した状況の中では身近な日常に回帰しつつある俳句が、今日的な共感をおぼえるのだろう。 編集長の受賞を聞いたのは、ちょうどその頃、東京ステーションホテル「藤の間」で、通信句会の特別研修会があり、句会終了後のレセプションで「季節」の岩下四十雀さんが、協会賞に決まったんですよ、二日前に。と教えていただき、お酒のまわったからだに、しあわせホルモンが目まぐるしく駆けめぐったのである。会もたけなわの頃、感想を一言ずつとのこと。

こよなく能天気なわたくしは 「季節」誌は、長谷岳編集長につづき井口主宰の、訃報があいつぐ中で、経済の停滞と相まって(すこしデッカク出たかな)しばらくうつむきかげんの時を過ごしていましたが、田邊香代子主宰になり元気な「季節」をとりもどし、今またこのような朗報を聞き気分はワオワオワオッです」と吠えるがごとくに。  講師陣の阿部完市、倉橋羊村、桑原三郎、大坪重治、各氏たちの、ことばもうれしく、乾杯のこだまは人間讃歌、季節讃歌の音色となって流れだす。           
1995.10