「季節」主宰   田邊香代子論

<ファンタジーと現実の間>         
  

◇はじめに

田邊香代子が、短詩形への関心を持ったのは小学校5年生の昭和 十七年(一九四二)のことである。北原白秋の「満州地図」を友達 に貰ったのが詩というものに出会った最初である。そのころから、 短歌や、詩を見よう見まねで作っていたという。

いわゆる満州事変によって「十五年戦争」が開始された年、昭和 六年(一九三一)に生れた彼女にとって戦争と敗戦の数年間、十三 四歳から十六、七歳の数年間。少年、少女にとっては不謹慎な言い 方になるが外の現実が目まぐるしく変る活発で生き生きとした日々 だった。

父の結核発病という事態を迎えた昭和二十一年(一九四六)に、 十四歳で東京地方検察庁に給仕として働きはじめている。戦争と敗 戦の時間の中で初めて一人の人間として歩き出したのである。平成 四年、法務省の法務専門官として退職するまでの四十七年を生きた間で、 緊張、スリル、白けた気分が烈しく交錯していたあの時代は彼女の 最も生の状況の変わる日々であったようだ。      

   ◇香代子俳句の構造

昭和二十五年、井上康文に師事し「自由詩」同人となるが、定型 のない拘束のないものを書き綴る不安から思うように書けなくなる。

勤務先である東京地方検察庁に、霞ヶ関俳句会という職場俳句会が あった。巨悪は眠らせない、と言ったのちの伊藤検事総長、のちに 推理作家となる結城昌治、推理作家の佐賀潜「季節」同人の寺島夾 竹桃らが、職員として参加していた活発な俳句会である。

昭和二十八年、俳人で特別捜査部の鬼検事、長谷岳を知り鈴木し づ子の句集「指輪」を借りる。田邊香代子、二十歳の秋のことであ る。

俳句を作るという最初の入口で鈴木しず子という特異な俳人の作 品を通じて、時代の俳句精神に触れている。彼女の大きな影響の下 で、詩心の歩みは逞しく常識をはるかに超える俳句的<香代子時間 >が進行していったのである。

鈴木しず子は松村巨湫門下で俳句や文学に拘束されるな、余計な 考えや邪念を入れず自由に思うがまま、瞬時感じたそのものを述べ よ、と訓えを受けた人である。香代子作品には、しず子の暗愁の中 の艶ある詩精神と、井上康文に師事していたころの詩の古い遺伝子 をしなやかに受け継ぎ開花させた俳句が多く見られる。
    

   ◇ファンタジーと現実の間

香代子俳句の感覚の世界にニンフが棲むという。例えばサンタク ロースの存在のような荒唐無稽なことと事実とを混同し、恐れたり 喜んだりすることのできる子供のためのメルヘン。二度と信じるこ とのできない、もったいないほどのウソなのだ。

「詩と真実」を区別できる大人の世界にも詩、幻想あるいは荒唐 無稽の懐かしさが基盤となって生きつづけているのである。 彼女の俳句工房ではファンタジーは巧妙に姿、形を変えて読者の 前にあらわれる。

 かざぐるまのなかのひとつがとまらない  「深爪」より

 チューリップにナイフフォークの音たまる   々

荒唐無稽はファンタジーと同じものと考えてもいい。然しそれを荒 唐無稽と感じさせないところがファンタジーの面目というものであ ろう。

今世紀の科学の発達で人間は大きな恩恵を受けている反面、失っ たものも多い。そのなかでも想像力はどんどん衰退の一途をたどっ ている。ファンタジーの弟のような存在である想像や、空想もまた 虚であり嘘であることを百も承知の上でありもせぬことを思い描く のである。できるだけ荒唐無稽でいかにも現実のことに思えるもの が理想ということになろう。

俳句作者の仕事というのは想像力を鍛えるための役割を負ってい るのだ。想像と創造、この二つの“そうぞう力”に、よって生まれ た作品を鑑賞してみよう。

  指が裂ける股が裂けるとアマリリス  句集「深爪」より

人はこの句を抽象的であり、官能的ナルシズムの景と断定するが 私はあまり賛成ではない。近松門左衛門の「虚実皮膜の間」ではな いが同じメダルの表と裏、虚構と写実の入り交じった魅力のある作 品である。

アマリリスの花のあやしさ、なまなましさが昆虫を誘惑する色香 ともなって「指が裂ける股が裂ける」と、いう鮮烈な表現を取る。 恋する花たちの切実さが、人間に近い感情を伴って浮き彫りにされ る。

つまり作者の内面にうまれた風景を写生したということである。 単なる写生、写実だけではこの「中七」にいたるまでの虚構的な広 がりは出まい。しかしまた写実を底におかぬ虚構だけでは実感リア リティは出なかったであろう。香代子俳句には、写生の土壌はない と決めつけるのは読む面白さを半減させるのではないか。

  薔薇選ぶ背を銃口がつけねらう    句集「浪費」より

薔薇は四千年の歴史をもつ。気品のある花容、こころよい香り。 春の花々の最後を受けて咲く姿は真打の本領である。

世界のバラの切り花市場は約二千億円にのぼる。青いバラが実現 すれば、その約20パーセントを獲得できると言われている。

青いバラは夢を実現するだけでなく、開発企業に巨額の利益をもたらす 可能性を秘めている。背中に銃口がぴたっと張りついているような 恐ろしく生々しい緊張感を過酷なまでに表現し切っている。薔薇と 銃口のアンバランス。薔薇に狂喜する作者の声が残響のように鈍く 光っている。

 冬かもめ桃色遊戯していたよ     平・9・4

八年前にみたマルグリット・デュラス女史の「愛人」という映画 を思い起こす。仏領インドシナのメコン河流域の船着場の橋桁に、 もたれながら浅黄いろの空を飛び交うカモメを見ていた少女は十五 歳。お金持ちの中国人青年の愛人である。

相手を愛しているのか、どうかも彼女にはわからない。別れた後 も、あれは愛だったのだろうかと考える程度である。思春期という 感情の“るつぼ”の中で悪夢にも似た悦楽と絶望をくり返す「して いたよ」の「よ」は感動の助詞として、実にいきいきとした効果を あげている。カモメがプイと水の匂いの流し目をくれたようで胸の あたりが、ひそかにさざめいてくる。

  腐るまで林檎飾って見ていたる    平・12・2

執念にも似た持続力で一つの生の終りを眺めている。盛られてい るリンゴの紅が乾いてカサカサと音を立てるもの。うす茶色の斑点 をところどころに描きながら腐りかけているもの。てんでんばらば らに、それらがかえってリンゴの持つ色彩の華やぎを、むき出しに 感じさせてくれる。

過ぎ行く世紀のある日、ある夜の林檎妖怪編であるが、少しも不 快感を与えないのである。なにやら楽しげに愛嬌たっぷりに、枯れ 枯れて腐れ腐れて想い出もあかあかと賑やかである。

美空ひばりの「リンゴ追分」島崎藤村の詩集で最も印象深いのは 「まだあげ初めし前髪のリンゴの下に見えし時」で始まる「初恋」 である。並木路子の「リンゴの歌」の、かろやかなリズム。リンゴ は他の果物と比べて格段に日本人の情緒とかかわっているようだ。 それを解きほぐし繰り広げることの作業が<腐るまで林檎飾って見 たる>へと詩の密度を高めていく。

  とろろ摺る五臓六腑を滑らかに    平・3・4

駿河の食べものは“街道の味”である。なかでも丸子の宿の名物 「とろろ汁」は四百年の歴史が光る。<梅若菜まりこの宿のとろろ 汁>と芭蕉の句にあり、いかにも気候温暖な静岡らしい街道筋の長 閑な情景が目に浮かぶ。

ヤマノイモをすりばちで摺り熱い麦めしにかけて食べる「とろろ 汁」こんな素朴で単純な料理はちょっと少ない。

昭和五十七年六月、静岡県季節全国大会、二日目の吟行会で丸子 の宿に着く。私の味覚修業は、この一点に集中したと断言できるほ ど「とろろ汁」に、傾倒しているので丸子の宿に着く前から胸が張 り裂けんばかりに膨らんでいたようだ。

こめ七、麦三の割で炊いたご飯に作り立てのとろろ汁をぶっかけて 食べる。おちょぼ口でお上品に咀嚼して召し上がってはいけない。 お茶碗のふちに口をつけ二本の箸でがつがつ、ざざっとすすり込む。 あるじの柴山さん、それを見て目を細めてよろこぶこと請合いである。      

   ◇虚実変転の妙

主宰は、昭和三十八年六月に第一句集「浪費」を出版している。 そのあとがきにこう述べている。「どの句にも、鏡のなかの自分に対 するようにはげしい嫌悪を感じる。自分の作品について云えるのは 句は私の分身だということだけだ。「浪費」を私は履く。裸足の私は 浪費という靴でこれからの長い遠い道へ歩き出そう」 鋭敏すぎる精神を反映した俳句を五句挙げる。

      句集『浪費』より

  噴水の高さが狂いそうで眼が離せぬ

  幾千の花火見て来し髪こわす

  あめんぼの流されまじとして交る

  銀河傾ぎゆく体重を君に渡す

  日傘さすや前もうしろもたよりなし

昭和四十八年五月に第二句集「深爪」を出版して二十七年が過ぎ ようとしている。あとがきに「私はこれからまた際限もなく深爪を 切りつづけることを予感している」と述べる。

歳月が流れようと現代の俳句を質の面で代表する、香代子俳句の 感覚の瑞々しさは今も変らない。洗練と虚を風のように漂わせて私 の胸に落ちる俳句を『深爪』から五句選んでみた。

      句集『深爪』より

  風が折る葦だれも歌えやしないのだ

  鈴虫よ私も翔をすりあわす

  葛の葉の葛であることいやでいやで

  乳房の鈴鳴らすわたしの雪おんな

  まんじゅさげ茎しゅるしゅると地に消ゆる
     

   ◇喪失と蘇生

近年、主宰には自分のことに集中する時間が少なくなったのであ ろう。直視できないほどに強烈だったことばが消えた代わりに、母 なる大地を思わせるような穏かなことばに満ちた俳句が見られる。

「とろろ摺る」の作品のように共感を呼ぶ俳句は、日常の次元に滑 らかに還るかに見えて微笑ましい。しかし、ふくよかになり過ぎて 背中の緊張感が甘くなったのは少しさびしい。

主宰になってから、いろいろな病を一身に引き受けているようだ が、この七年間は綱渡りのような疾風のような日々だったのであろ う。

「残り時間は短いけれど、炬燵で蜜柑を剥くように古典を紐解い てゆきたいな」秋の日ざしに戯れながらボソッと呟く。

主宰の立場は、孤独のように見えて実は作品の上で作者と親戚づ きあいの親しさも生まれるらしい。主宰を知る人達はデリケートで 照れ屋、面倒見がいい、人に気を使い過ぎる、こちらが恥ずかしく なるほど自分に厳しすぎると言う。

懇親会で東京音頭を踊る主宰は、風呂敷ようのものを頭に巻きつ け、しなやかな身のこなしで、ひときわ踊りの切れがいい。踊りな がらこの世に生まれてきたニンフでもあった。

作品に衰弱の入り込まない稀な人、田邊香代子は世紀を超えて更 に脱皮する気配である。
2001.1